「用と美」
陶芸 鈴木徹 プロフィール

 緑とは、かくも多彩な表情を持つ色なのだと、陶芸家、鈴木徹さんの作品を見ていて思う。若菜のような黄緑、青竹のごとく鮮やかな緑、深い森を思わせる濃緑……。生命力あふれるさまざまな緑が、土と釉薬と火から生まれ、形を持って息づいている。

 歴史ある焼き物の産地、岐阜県多治見市。美濃焼と呼ばれ、志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒という伝統的な様式を持つ。そのなかで緑に発色する釉薬、緑釉を使った焼き物は「織部」と通称される。織部とは、美濃の陶芸を指導した戦国時代の武将であり茶人でもあった古田織部の名に由来し、美濃を代表する焼き物としてつくり続けられてきた。けれども鈴木さんは既存の織部の枠にとらわれず自由な発想でつくりたいと、「緑釉」として作品を発表している。
 祖父は釉薬の研究家、父は志野焼の大家、人間国宝の鈴木蔵(おさむ)氏。土を触っている父親の姿を見て育ち、子どものころは、いつか自分も陶芸をやるかもしれないと感じてはいたそうだ。けれどもそんな思いは思春期のころには見事に吹き飛んでいた。
「うちは陶芸家としては親父が初代。何代も続いているような家ではないので、まったく陶芸をやるつもりも継ぐ気持ちもなかったですね。とにかく家を出たくて、歴史が好きだったので京都の大学の史学科へ進みました。親父からは、京都には美術館や博物館がたくさんある。将来、なにをやるにしても肥やしになるから見ておけと言われました。なにかにつけ反抗していましたが、それはすんなりと受け入れてよく通いました。今から思えば上手く動線を引いておいてくれたのかなと思いますね」


緑釉花器

 大学4年生の時、ゼミの担当教授に進路のことで呼ばれた。漠然と美術館や博物館の学芸員になれればと思っていたが、募集などほとんどない。それではと薦められたのが京都府陶工職業訓練校だった。
「先生は陶芸好きで、おそらく親父のこともよく知っておられたと思うのですが。僕としては1年間、モラトリアムな感覚で行くのもいいかなと。それでもまだ本気で陶芸をする気はなかったですね」
 訓練校で一から陶芸を学び始めた鈴木さんは、見事に"はまってしまった"と笑う。朝から晩までひたすらの土練り。それをクリアしないと次の段階のろくろに進めない。
「ろくろに行けたのも30人の生徒のなかでほとんど最後の方。それでも夢中になって一生懸命、やっていました。湯のみ茶碗から始まり、最終的には直径30cmほどの壺をひけるようにはなりますが、釉薬の知識なども基本的なことを学ぶ程度で1年間は過ぎます。でも自分で練った土をろくろでひいて、削って、釉薬をかけ焼成し、初めて窯から出てきたときはものすごい衝撃でした。何かに打たれたような……。まわりには僕と同じく陶芸家の2世という仲間もいて、普段は"陶芸やっていくのもしんどいよなぁ"なんて言い合っていたのに、みんな同じ顔してた(笑)。茫然としているんですよ。あの時の感動は今でも忘れられません。やっぱり陶芸だったのか、これはやらないかんと。ものづくりDNAが目覚めたというやつでしょうか(笑)」。
 人には自ずと人生の道を選ぶ時期が来るのだろう。たとえ陶芸家の家に生まれても自らやりたいという気持ちが満ちてこないと、それは始まらない。鈴木さんは自分で選びとって、陶芸家の入り口に立つことになる。

緑釉扁壺


 京都府陶工職業訓練校を卒業した鈴木さんは、「道を誤った」と思いつつも、父親に師事し多治見に帰ってくる。思いは複雑だったという。いやはやその複雑さは容易に想像がつくというものだ。何代も続く陶芸の家で一子相伝の技を受け継いでいくという環境ともまた違う。
「この道に入るからには、親父と同じことはやりたくない。2世というのは1世とどれだけ違うことがやれるかがすべてだと強く思いました」
 志野焼を追求する父親、そして息子が選んだのが緑釉だった。といっても帰郷後の鈴木さんの仕事はひたすら父親の仕事の手伝い。自身の作品づくりは夜か休日しか許されなかった。そんな修業時代が15年も続いたという。訓練校の同期生がちらほらと頭角を現し始める。鈴木さん自身も訓練校卒業後3年目で日本伝統工芸展初入選を果たし、東京での個展やグループ展を開催するようになっていく。それでも普段はひたすら父親の仕事の手伝い。「今日は俺の仕事をさせてくれ」「いや、やらせられん」。夜、遅くまで自分の作品に取り組みアトリエで乾燥させていると、「こんなもの出品したらいかん!」「なにがいかんのや !」そんなやりとりが長らく続いた。
 2002年、日本橋三越での個展開催の話がもたらされる。大舞台である。その時に初めて、もうこれからは自分の仕事をすると息子は父親に宣言した。
「親父の返事は勝手にしろでした。それでも今もアトリエで背中合わせで仕事をしているのは、そばにいるから得られるものがあると認めざるを得ないからです。複雑です(笑)」。


 緑釉を選んだのは、緑の色が好きだったからという。山の中腹に立つアトリエはさまざまな樹種の緑に囲まれている。針葉樹、広葉樹、草花、苔……。その色合いや質感の違い、光の当たり方によってもさまざまな緑があることをあらためて気づかされる。
「散歩しながら、この葉の濃淡の兼ね合いを作品にできたらとスケッチをしたりします。ここの自然は僕の表現の源泉でもあるのです」。
 夏の終わり。蝉時雨の降るアトリエで鈴木さんは静かにろくろをひいていた。形がひきあがると、その表面に大小の粒石を混ぜたやわらかい泥を塗りつける。それを指や麻布で大胆に掻き取っていく。勢いのある土味や手指の跡が残る、野趣ある造形美。柔らかく、肩の力が抜けた、大らかな表現がしたいとつくりだした独自の技法だ。
 凹凸や歪み、動きのある表面に緑釉がかかると、流れるところ、留まるところで緑の濃淡が生まれ景色をつくる。もちろんどんな景色をつくるかを計算しての作業。伝統的な織部とは違う、鈴木徹の緑釉の世界があった。

 「シンメトリーでかちっとした形にひいたものに緑釉をかけると堅いイメージで、やはりありきたりなんです。だからあえて形を歪ませたり、表面に泥を塗りつけたり、素焼きした大小さまざまな陶器のかけらを混ぜたり。加飾の感覚ですね。最近は藍緑釉や褐釉などの釉薬をつかった作品も発表していますが、緑釉のバリエーションをどう極めていくか、次になにがあるのかと日々、考えています」
 もうひとつ、鈴木さんの追求している表現に「ストライプ」のシリーズがある。ろくろでひいた表面に泥を薄く塗って線を引き、そこにラテックスという天然のゴムを筆で塗っていく。釉薬をかけるとその部分が薬をはじいて無釉となり、ラテックスを剥がして焼成すると濃淡のグラデーションができあがる。ところどころにできる釉溜まりがおもしろみのある景色をつくりだす。
 今までになかった新しいものを創造し、発表するのが作家の仕事と鈴木さんは熱い思いを語ってくれた。

褐釉俎板皿
緑釉花器

緑釉組皿

 大きな壺から手のひらに乗るぐい飲みまで、鑑賞するものから日々使う食器類まで、幅広い作品を手がけている。それぞれに難しさがあり、食器となれば使いやすい大きさ、重さ、手触りなどひとつひとつ考えてつくるという。
「子どものころ、母親が適当な食器を買ってくると親父はよく怒っていましたね。感覚が鈍るからだめだと。自分で百貨店などに出かけて気に入ったものを買ってきて普段使いにしていました。親父や僕の食器が食卓にのぼることはめったにありませんね。喧嘩の種をつくるだけですから(笑)」。

 知人が経営する近くの日本料理店で、鈴木さんの作品を数多く使ってくれているそうだ。
「料理を盛りつけることで作品が全く違う表情を見せる。へぇ、こんな風にも使えるのかととてもうれしい。新鮮で、つくり手冥利に尽きます。料理と器の相性について料理人の方と話し込むこともあります。みなさんも自由な発想、自由な感覚で楽しんでほしいですね。
 陶器は扱いにも気をつかうし、とくに僕の食器は重ねにくく収納にも場所をとります。それでも自分で選んだ好きな器に盛って食べる方がやはり豊かな気持ちになれると思います」


緑釉鉢
藍緑釉茶碗


 表現へのインスピレーション、刺激を求めて美術展、現代アート展などに時間を見つけて足を運ぶ。
「最近は、興味のある雑誌の記事や写真をパソコンに取り込み、スライドショーでぼうっと見ていたりもします。写真、絵画、書、陶芸、現代アート……。何度も繰り返し見ていると、ふとひらめいて作品づくりが始まることもあります」
 焼き物の伝統の地、美濃にいながら、古典をそのまま踏襲するような美濃的な仕事はしたくないと言う人らしい発想法だと思った。常に新しいものへの挑戦。一目見て鈴木徹の作品とわかる個性を出しつつ、どこか進化している。作家の葛藤はきっとはかりしれないものなのだろう。
「毎年の日本伝統工芸展に入選するには、それを目に見える形で出さなければなりません。工芸展では作家同士の交流や切磋琢磨もあり、自分のモチベーションを上げる原動力になっています。個展となるともう自分のすべてをさらけ出す場。裸にされている状態ですね。 へこむこと? しょっちゅうです(笑)」
 表面に泥を塗りつけていく技法とストライプのシリーズを追求してきた鈴木さんは、そろそろ新機軸を打ち出す時期に来ていると感じている。 「もちろん緑釉はまだまだ極めていきたいと思っていますが、まったく違う釉薬にも挑戦しようと今、試作しています。どんな釉薬? まだ言えないですね(笑)」
 美濃焼という伝統、父親の存在……。抗いがたい環境のなかにあっても、果敢にオリジナリティを追求する、現代に生きるひとりのクリエイターがいる。

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